「死亡手当」「遺品代」
不穏な給与明細から始まる
日常侵蝕ミステリーゲーム
『人の給与明細』は第四境界が制作・販売したARGミステリーコンテンツ。プレイヤーはある給与明細書に記載された情報を手がかりに、その持ち主に迫っていく。
また派生コンテンツとして、本作のテーマソングが収録されたCD『たからもの』も発売されており、パッケージや同封されたブックレットを読み解くことで後日談的なストーリーを楽しむことができる。
いつでも遊ぶことができる常設型のARGコンテンツは、世界的にも前例が少ない。CDにARG要素を収録するのも、第四境界としてはじめての試みとなった。その制作の背景を、監督補兼シナリオを担当した和田開と、『たからもの』のARG制作を担当した稲垣武人に訊ねた。
インタビュー
監督補&シナリオ 和田開
企画が始まった経緯を教えてください
2023年の冬ごろ、すでに発売されていた『人の財布』に続くARGシリーズの新作として企画が立ち上がりました。
私自身はそれまでARGの制作に深く関わったことがなかったのですが、『人の財布』の制作の様子は見ていましたし、ARGの魅力も理解しており、ずっと興味は持っていました。
企画が立ち上がった今がチャンスだと思い、「ぜひ制作に関わりたい」と申し出て、参加することになりました。
当初はさまざまなアイテムが検討されていましたが、藤澤(総監督)の発案がきっかけで「給与明細」で新作を作ることが決まり、年内には制作が始まりました。
本作の特徴を教えてください
商品名の通り、「たった一枚の明細書から始まる物語」であることです。
「他人の明細書」を覗き見る背徳感もさることながら、そこから思いがけない非日常ドラマが展開され、プレイヤー自身の日常も巻き込まれていくことになります。
感想をたくさんいただいていますが、「明細書一枚からこんな展開になるなんて!」、「こんな体験ができるなんて!」という声をよく拝見します。

また「アフターストーリー」(※1)では、ある郵送物が皆さんのご自宅に届きます。驚くべきモノが入っていますので、本編を遊んでくださった方はぜひこちらも遊んでみてください。
(※1)アフターストーリー:本編の「その後の物語」を楽しめる追加要素。『人の給与明細』のクリアページから無料で申し込みできる。詳しくはこちら
制作内容や苦労したことについて教えて下さい
全体のシナリオ設計はもちろん、ゲーム中にアクセスできるwebサイトのテキストを書いたり、各ギミックの仕様を決めたり……制作業務の幅は想像していたよりもはるかに広かったですね。
その中でも特に苦心したのは、あるSNSを使用したギミックです。ネタバレになってしまうので詳しくはお話できないのですが、そのキャラが本当に実在していると思わせるための重要なギミックで、発売の直前まで調整を重ねました。社内の他チームのスタッフにもテストプレイをお願いして、フィードバックをもらったりもしましたね。
また、このギミックはサーバーへの負担が大きく、同時に多人数がプレイすることでエラーが発生する懸念がありました。そうなると遊びが成り立たなくなるので、エラーが起こらないか気が気でなかったです。
なので、発売日に最後まで遊んでくださった方のクリア報告を見たときは本当にほっとしましたし、嬉しかったですね。システムを作ってくださったイロコトさん(※2)とマレさん(※3)のエンジニアの方々のご尽力のおかげです。
未経験の業務も多かったですが、こういった社内外の皆さんのご協力をいただきながら、手探りで制作を進めていきました。
(※2)イロコトさん:株式会社イロコト。第四境界が手掛ける作品のWeb制作やシステム開発を担当していただいている。
(※3)マレさん:株式会社マレ。ストーリーノートと共に第四境界の運営や各コンテンツの制作を行っている。
制作を通して印象に残ったことを教えてください
コンテンツ作りの進行やARG制作に関する貴重な知見を得られましたし、シナリオやテキスト制作に関わる技術的な学びもあったのですが、何よりとことんおもしろさを追求する藤澤の姿勢には大きな感銘を受けました。
だいたい決まりかけたことに対しても、「それが本当におもしろいのか」、「もっとおもしろくできるのではないか」という問いを常に投げかけ、納得できない限りは立ち止まってでも考え続ける。決して妥協しない……と、文字で書くと当たり前のことのように見えますが、それが実際どれほど難しいことなのか、以前の私は理解しきれていませんでした。そこに立ち向かうことの大切さも、今回の監督補としての経験を通してはじめて真に実感できたと思います。
インタビュー
『たからもの』制作担当 稲垣武人
企画が始まった経緯を教えてください
給与明細のテーマソングとして書き下ろしていただいた『たからもの』のCDがリリースされるのに合わせて、音源を制作していただいた佐々木恵梨さん(※1)とMAGES.さん(※2)から「CDにARG要素を入れられないか」というご提案をいただいたのがはじまりです。
企画が動き出したのは2024年の春頃で、『人の給与明細』の制作がいよいよ大詰めという時期ですね。
(※1)佐々木恵梨さん:シンガーソングライター。TVアニメへの楽曲提供やミュージカルでの音楽監督など、幅広い音楽活動を行われている。公式webサイトはこちら。
(※2)MAGES.さん:現・株式会社AniTone(アニトーン)。『たからもの』のレコーディングやデザイン、製造などを担当していただいた。
本作の特徴を教えてください
やはりなんと言っても、一般流通するCDに謎解きと物語体験が仕込まれているというのがユニークなポイントだと思います。一見するとなんの変哲もないCDだけれど、『人の給与明細』のプレイヤーなら思わずニヤッと、あることに気が付けるパッケージになっています。
今回は特にCDという形でリリースすることもあって、本来は音楽を売っている場所に人知れずARGという物語体験を紛れ込ませるのは、なんだか秘密のミッションや悪巧みをしているようでドキドキしました。スパイ映画でスパイ同士が秘密の場所で暗号を交換しあうような、そんな体験です。きっと手に取っていただいた方も同じようなドキドキを味わっていただけるのではないかと思います。

制作内容や苦労したことについて教えて下さい
春からプロジェクトに参加させていただいて、すぐにCD謎の制作を担当することになったので本当に苦労ばかりではあったんですが……。
一番気を揉んだのは、既存の『人の給与明細』プレイヤーをどれだけ驚かせられるかという点です。本編の濃密な体験を終えたばかりのプレイヤーに喜んでもらえる体験とはなんだろうと頭を悩ませました。
この頃はまだアフターストーリーも具体的に定まっていなかった頃なので、体験の後味を左右してしまう重要な役どころだと覚悟していました。結果的には、本編中から隠されていたギミックに驚いていただけたり、思いがけないキャラクターと繋がりを作れたりと、『人の給与明細』のプレイヤーにとって喜ばれる要素が満載の追加コンテンツになったように思います。
制作を通して印象に残ったこと
私は今回のプロジェクトで初めて、第四境界での制作を経験しました。制作を通して私が感じていたのは「こんなアイデアも実現ができるんだ」という驚きの連続で。
ARGはこれまであまり開拓がされてこなかったジャンルだからこそ、まだまだ誰にも手がつけられていない金脈や発明の余地がたくさん眠っているんだと直に実感したことは、今後も大きな糧になると思っています。
そういう意味でCDという媒体も、まだまだARGとして開拓できる余地が沢山残されていると思います。まだ誰もやったことがない沢山のチャレンジが出来る中で、プレイヤーの体験を最大化するためにはどう取捨選択をしていくのがより良いのか、ということを突き詰めていくのが制作の難しさでもあり、やり甲斐でもあるように思えました。
制作中には『人の給与明細』と並行しながら、総監督の藤澤からとても沢山のアドバイスを受けました。プレイヤーの目線に立って物を作ることの難しさや、より面白くするにはどうすれば良いかを突き詰め続ける藤澤のストイックなマインドを直に感じることが出来たのも大きな経験だったように思えます。
そういった試行錯誤の中で泣く泣く削ぎ落としたり実現が叶わなかったアイデアもあるので、叶うならぜひ、CDを媒体にもう一度ARG制作にチャレンジしたいと思います。