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2023.11.10

// 採用関連

1500文字プロット─2023年度 採用者作品

虎渡 由姫(広報 兼 シナリオライター)

【選択可能ワード】
認知の歪み/憤死/轍/相づち/又聞き/徴兵/Youtuber(Vtuber)/裏アカ/
メタバース/流れ作業/つま先/反省会/マグマだまり/タキサイキア現象/
ワーケーション/炭鉱のカナリア/病原体/ゴースト/誇大広告/タコさんウインナー/
肩たたき券/インスタレーション/遠吠え/歩道橋/ベイカーベイカーパラドクス/
詐欺/歯形(歯型)/ストーリーテラー/共感覚/シャボン玉

【選択ワード】《ゴースト》《相づち》《歩道橋》

20XX年11月24日、会社員の上野雄太が交通事故でこの世を去った。
雄太の恋人である小林香織は彼の死を受け入れられず、同棲していた彼の部屋をそのままに残していた。

ある日、香織は雄太の部屋でメガネを見つける。それは雄太が使っていた、スマートグラスというメガネ型のウェアラブルデバイスだった。
香織がそのメガネをかけると、「電話」「マップ」「時計」など様々なアプリが空中に表示される。その中に『どこでもRTA』というアプリがあった。
これは、生体情報を基にユーザーの行動を記録し、過去のユーザーを半透明の《ゴースト》として空間に表示させて、ゲームにおけるタイムアタックを現実世界で行うことができるものだ。通勤時や、掃除洗濯といった家事など、日常生活をタイムアタックとして楽しむことができる。雄太も通勤や炊事など様々な場面で過去の自分と競っていた。

香織が空中に浮かんだアプリをタップするとメニュー画面が開き、「掃除」「料理」「帰宅」などいくつかのボタンが表示される。「掃除」を選択すると、目の前に半透明の雄太が現れた。
雄太の《ゴースト》は部屋の掃除をしていて、視界の右上には00:13:45とタイマーが表示されている。その様子を呆然と眺める香織。しばらくするとタイムアタックは終わり、《ゴースト》は消えた。
「データを上書きしますか?」と案内が出るが、香織は「いいえ」を選択する。香織は心を癒やすため、《ゴースト》と共に生活を送る。
「料理」を選択して、雄太と一緒にキッチンに立つ。仕事帰りは「帰宅」を選択して、駅から家まで一緒に歩く。帰り道の交差点には《歩道橋》があるが、《ゴースト》は信号を待って横断歩道を渡るので、香織も一緒に信号を待つ。

香織はこの生活を繰り返すうちに、料理中の《ゴースト》が《相づち》を打っていることに気づく。このデータが記録された時、雄太は誰かと喋っていた。
データが記録された日は20XX年11月10日。この日香織は出張で、家には雄太ひとりだった事を覚えている。誰かと電話していたのかもしれない、そう思った香織は電話アプリの着信履歴を見る。
香織は20XX年11月10日の着信履歴に表示される電話番号に電話をかけた。

「もしもし?」と電話越しに聞こえる声には聞き覚えがあった。「もしかして香織さんですか?妹の結衣です。」香織は葬儀で会った雄太の妹のことを思い出した。
あの日雄太の家族と会ったが、香織はあまりのショックで何を話したかを覚えていない。香織のことを心配していた結衣は、久しぶりに会って話したいと香織を誘う。

後日、香織と結衣は駅前の喫茶店で待ち合わせをした。電話のことを尋ねると、結衣はそれを覚えていた。それが雄太との最後の会話だったという。
香織の誕生日に手料理を振る舞いたいという相談で、料理上手な結衣に電話をかけていた。他にも結衣は、雄太から聞いた様々な話を香織に伝えた。その全てが香織との思い出だった。
二人で見た映画の話、二人で買い物に行った話、二人揃って寝坊した朝の話。そのどれもがタイムアタックには記録できない思い出だった。
毎日同じ動きを最短で繰り返す《ゴースト》に縋っていた香織は、生きていた彼と過ごした何気ない日々を忘れかけていた。

香織は「帰宅」を選択して家に帰る。交差点で《ゴースト》は信号待ちをする。香織は信号を待たずに《歩道橋》を渡って追い越した。
玄関を開けるとタイマーがストップしNEW RECORD!と表示される。「データを上書きしますか?」と案内が出ると、「はい」を選択する。
香織に《ゴースト》はもう必要ない。彼との思い出は、彼女自身に記録されている。

以上